黒ばかりの中でその色は自棄に目立って、嫌でも目を惹いた。

実力はヴァリアーの中でも指折り。どころか誰の目にも明らかにボスよりも上なのに幹部でもなく、一介の隊員というにはその扱いはあまりにも丁寧で腫れ物にでも触るかのように慎重だった。

上からは畏怖と警戒、下からは憧憬をもって遠巻きにされている男は、その髪の色のように黒い集団にまじった異物であるらしい。

しかしそれらを歯牙にも掛けず傲慢に誰もを見下したように嘲笑し、だが命令だけには嫌に忠実に従ってあまたの命を消していく。

 

その顔を間近で見たのはその存在を知ってからたいして時間も立たない内で、覗き込んだそれに薄汚れた酒場にいる品のない娼婦みたいにキレイな男だと思った。

帰らない男をそれでも待つ、疲れ切った女のようだと。

 

砂の城

 

部屋の外から掛けられた小さな声に、隣の温もりがごそごそと起き出すのにベルフェゴールは不機嫌になった。

昨夜乱雑に脱ぎ捨てた衣服を拾い上げて身に着けているスクアーロの自分よりもいささか太い、だが成人男性の規格からは並はずれて細い腰に背後から腕を回してぺたりとその白い肌に顔を押しつける。

「うおおい」

邪魔をするなと暗に告げる抗議に、硬いけれど筋肉独特の柔らかさをもつ腹を撫で、背筋の窪みを舌で辿って吸い上げた。他人ではつきにくい場所でも、スクアーロの白い肌は従順に鬱血痕を残す。それはスクアーロの中でベルフェゴールが好きな所の一つでもある。

「ほっとけばいいんじゃん」

ちゅっと音を立てて唇を離してもう一度ベットに引き戻そうと誘うも、そういうわけにもいかねぇだろぉと男はシャツを羽織ってドアに向かって行ってしまった。

つまらなそうに頬杖をついてそれを見送ったベルフェゴールは、開けられたドアの向こうにいた訪問者の姿に体を起こした。

「なんだ、マーモンじゃん」

スクアーロと付き合っていくうちで存在を知った赤子はベルフェゴールのお気に入りだった。傾いていた機嫌を直して、おいでおいでと寝乱れたベットに誘う。

「うおおい!趣味のわりいことするなぁ!!」

眉間に皺を刻んでがなり立てるスクアーロと対照的に、マーモンは落ち着きはらって遠慮しとくよ、ベルと答えて、渡された書類を捲るスクアーロを見上げた。

「急いで欲しいってさ」

「じゃなきゃ俺にまわさねぇだろうなぁ」

侮蔑しきった嘲笑を浮かべ、スクアーロは踵を返して室内に戻るとそのままバスルームへ籠もってしまった。

汗やらなにやらで汚れた体を洗って、任務へ赴くのだろう。享楽の終わりを明示されて、退屈にあくびをしたベルフェゴールの視界にちょこりとした黒い影が入る。

「マーモン?」

いつのまにかベルフェゴールの乗るベット脇まで来ていた赤子は、フードに隠された顔を向けて忠告めいて言葉を紡ぐ。

「ねえ、ベル。あんまりスクアーロに深入りしない方がいいよ」

「は?なに、それ」

「言葉通りの意味だよ」

マーモンには滅多に向けない、静かな殺気めいたものを混じえてベルフェゴールが睨め付けても、マーモンは普段と変わらずそう答えるだけで、くるりと背を向けてしまった。

「なに、それ」

あとを追ってくる憤懣やるせないといったベルフェゴールの声を最後にドアを閉めて、薄暗い廊下を歩きながらマーモンはぽつりと誰にもとなく呟いた。

「傷つくのは君なんだよ、ベル」

それはスクアーロと同じく特殊な扱いを受ける赤子からの、確かな好意だったとベルフェゴールが知るのはもうそう遠くない未来でだった。

 

あっけないほど簡単に手に入った銀色は、おなじようにあっけなく手の中からすり抜けていった。

そこで初めて気付いた。

最初から手に入ってなんか無くて、彼はずっとあの男のものだったのだと。